―みなさんは音楽を聴いて泣いたことがありますか?―

 

本日紹介するのは、スピッツの

 

「みなと」

 

という曲です。

 

 

僕はこの曲を聴いて泣きました。

 

まずはMVをどうぞ。

 

画像クリックで動画再生スタート

 

(youtubeより引用)

 

それでは、今から順に「みなと」の歌詞の意味を僕なりの解釈で紐解いていきます。

 

船に乗るわけじゃなく だけど僕は港にいる

知らない人だらけの隙間で 立ち止まる

遠くに旅立った君に 届けたい言葉集めて

縫い合わせてできた歌ひとつ 携えて

(同曲より引用)

 

はじめに、船に乗るわけでないのに港にいるということから、「僕」がこの港にいるのには、港の本来の目的とは別の理由があるということがうかがえます。また、タイトルはひらがなの「みなと」であるのに対し、歌詞では全て漢字の「港」であることにも何らかの意味がこめられているのではないかと思われます。

そして、「港」は知らない人だらけということですから知り合いに会いに行っている訳でもありません。そう。「港」に行く目的は次で歌われているんです。

その目的とは、遠くに旅立った「君」に歌を届けるためです。

遠距離恋愛のようにもとれますが、この高度情報化社会の時代に、スマートフォンではなく海に向かって歌う人がいるのでしょうか?おそらくいないでしょう。ここでいう遠くに旅だったというのは、「君」が死んでしまったことを示唆していると捉える方が自然です。

「港」、「君」の死…ここまでで、勘の良い方はもうお気づきかもしれません。

 

そう。この「港」は東日本大震災の被害を受けた場所を指しており、「僕」はそこで失った「君」に想いを馳せているのです。

 

そして、ここまでの歌詞でもうひとつ気になることがあります。それは、スピッツが、あるいは草野さんが、この「みなと」という曲を時間をかけて丁寧に大切に作ったのではないかと推察される点です。届けたい言葉を集めて、縫い合わせてできた歌というフレーズはこの曲が難産だったことを暗示していると思うんです。

 

「みなと」は、今年(2016年)の4月にリリースされた同タイトルの41thシングルに収録されていますが、これがリリースされたのは、配信限定の「雪風」からは約1年ぶり、CD規格としては「さらさら/僕はきっと旅に出る」からは約2年11ヶ月ぶりだということが上記の暗示を客観的に裏付けていると言えるのではないでしょうか。

 

「みなと」ジャケット

 

f:id:frecce0630:20160902233002j:plain

(オフィシャルHPより引用)

 

ここまでの説明だけでも、この曲がどれだけのものであるかがわかると思います。

 

汚れてる野良猫にも いつしか優しくなるユニバース

黄昏にあの日二人で 眺めた謎の光思い出す

君ともう一度会うために作った歌さ

今日も歌う 錆びた港で

(同曲より引用)

 

「野良猫」や「ユニバース」はスピッツの曲にこれまでも登場した言葉ですが、その関連性の考察は今回はパスしましょう。

この曲における「ユニバース」は世界という意味で捉えるのが良いのかなと思います。

そして「野良猫」。これは先に出てきた「僕」のことを指していると考えます。ただの猫ではなく「野良」猫。それは、家がない、つまり震災で家を失ったことを表しているのではないのかなと。

そうすると、時の経過と共に「僕」にとっても優しい世界になっていっている(裏を返せば今はまだ「僕」にとって厳しい世界であるともとれる)ということを言っていると捉えられます。震災の記憶・傷が薄れ、新しい家ができていっているのでしょう。

そんな中、「君」と「僕」の二人で「港」で眺めた謎の光を思い出している。おそらく「僕」は時の経過により「君」という存在が薄れることで、新たな幸せ(「僕」にとって優しいユニバース)に近づけると感じつつも、他方で「君」という存在を忘れてしまいたくないと強く願っているのでしょう。「君」といること、それ以上の幸せはないのだから。

だから、「君」ともう一度会うために作った歌を「今日も」歌うわけです。一生懸命。

でも、もう会えないんです。絶対に。「君」といた頃の「港」には戻れないんです。

だから今、「僕」が歌っている場所は「錆びた港」でしかない。

 

勇気が出ない時もあり そして僕は港にいる

消えそうな綿雲の意味を 考える

遠くに旅立った君の 証拠も徐々にぼやけ始めて

目を閉じてゼロから百まで やり直す

(同曲より引用)

 

「勇気が出ない」とは、先に触れた「君」の存在を薄れさせること、言い換えれば、「君」を忘れることに対してでしょう。「僕」は「君」を忘れて前に進もうとしています。でも、それができずに「港」にいる。

「消えそうな綿雲」とは、まさしく消えかかっている「君」の存在のことです。それを「港」で考える。

そして、よりはっきりと、「君」の証拠が徐々にぼやけ始めたと感じています(もしかすると、「君」は波にさらわれて見つかってすらおらず、写真も全て流され、「君」が存在した証ひとつさえもないのかもしれません)。

「僕」は、目を閉じて、「君」を忘れ、優しいユニバースが訪れるのを描いてみたのでしょう。震災を経て家も「君」も失ったゼロから。

 

すれ違う微笑たち 己もああなれると信じてた

朝焼けがちゃちな二人を染めてた あくびして走り出す

君ともう一度会うための大事な歌さ

今日も歌う 一人港で

(同曲より引用)

 

すれ違う幸せそうな人々のように、「僕」も幸せになれると信じていたと語っています。そして、「信じてた」と過去形で言い切っていることから、「僕」は幸せになれないことを悟った、すなわち、優しいユニバースに向かうことはせずに「君」を想い続けることを選んだのだと思われます。

だから「僕」は「君」との思い出をなぞるし、「君」に会うために歌い続ける。もう会えることはないけれど。

 

汚れてる野良猫にも いつしか優しくなるユニバース

黄昏にあの日二人で 眺めた謎の光思い出す

君ともう一度会うために作った歌さ

今日も歌う 錆びた港で 港で 港で

(同曲より引用)

 

この部分はくり返しですが、無常さを表しているように思います。

「君」のことを忘れない・想い続けると決意した「僕」ですが、結局、時の経過により「君」と過ごした記憶は薄れてしまい、「僕」が選ばなかった優しいユニバースが近づいてきているからです。

それでも、「君」を強く想い続ける「僕」は「港」で毎日歌う。ずっとずっと。

 

以上が「みなと」の歌詞の意味の僕なりの解釈です。細かい部分に相違はあれど、根源的な部分の理解では概ね共感を得られるのではないかと思います。

(ちなみに、全く根拠がないのですが、もしかすると、タイトルだけ平仮名の「みなと」なのは、これが「君」の名前だからかもしれないなと思ったりもします。)

 

先にも少し触れましたが、「みなと」はとても丁寧につくられた曲だと感じています。

東日本大震災から約5年、当事者ではない人間がこれほど長く人のことを想い続け、その熱い想いと優しさをこんなにも自然でさり気なく作品にすることができるのでしょうか。

本当に、本当に素晴らしい。この曲には、スピッツの、音楽の魅力が詰まっています。

 

大切な人を想うことの尊さを強く感じると共に、この曲の「僕」のような境遇の方たちが現実にいることをしっかりと受け止めて、生きていこうと思いました。

 

「みなと」がより多くの方の耳に届くことを願います。

 

(2016.9.4 PM16:10 追記)

以下は僕の愛するバンドCzeho No Republic(チェコ・ノー・リパブリック)の「For You」という曲を紹介した記事のリンクです。スピッツの草野さんが会報でおすすめされていた曲であること、「みなと」と通じる部分がある曲であることから、是非聴いて頂きたい1曲です。ご覧頂けるととっても嬉しいです!

mr-arrow.hatenablog.com

  

Amazonでの商品情報チェック・購入は以下のリンクからどうぞ。

・みなと (シングルです)

・醒めない(初回限定盤・DVD付) 

・醒めない(初回限定盤・ブルーレイ付)

・醒めない(通常盤)

※「醒めない」は「みなと」が収録されたアルバムです。

 

iTunes Storeでの購入は以下のリンクからどうぞ。 → みなと - スピッツ

  

それでは。

 

この記事は、スピッツの「みなと」(作詞・作曲:草野正宗)という曲のレビューです。